親子ボードゲームで楽しく学ぶ。

世界のボードゲーム・カードゲームを楽しもう!初心者や子供におすすめなライトなアナログゲームを紹介します。

失敗が多いADHDな人への客観視のすすめ。

クールビズ終了時のお約束

私の働いている会社では、10月1日からクールビズ期間が終わり、ネクタイ着用が必要となりました。

クールビズだったのは6月から9月までの4ヶ月。かなり長くノーネクタイだったので、こんな苦痛なものがあったのかという感覚。

久しぶりのネクタイなので、クールビズ導入当初は忘れてくる社員が続出。その対策として、総務部署は「10月からネクタイ忘れるな!」と、1ヶ月前、1週間前、前日と、繰り返しPRをしています。

そんな再三の周知にも関わらず、忘れるやつがいるんですよね…。職場のAくんはまさにそんなタイプ。

今年もきっと期待を裏切ることはないでしょう。

 

…やはり忘れてきた!

私の予想どおり、出社して早々、周りと服装の違うことに気づき焦っています。

私の職場は外と関わる営業職ではないので、ネクタイを忘れたところで実際は仕事に影響ありません。個人的には全く気にならないのですが、会社にはこれを鬼の首をとったように指摘する、アラ探し好きのつまらない連中がいるんですよね。

まるで小学校で「い〜けないんだ!せ〜んせいに言ってやろ〜」て言う子のよう。

本人が忘れてきたせいなので自業自得ですが、えてして会社の評価もそんな周囲の些細な印象で変わるもの。Aくんの日頃の仕事ぶりが、そんなつまらないことでケチがつくのはかわいそうです。

しょうがないなぁ。私はAくんが忘れることを想定してデスクのなかに用意していたネクタイをとりだしました。

「今年も忘れたのか。しょうがないやつだな。ほら、ネクタイ。」

 

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「私」を他人だと考えてみると対策は変わる

さて、ここまで書いた話。忘れ物のをしたAくんとは実は私のこと。

そして、忘れた私のためにネクタイをデスクに用意していたのも私。自作自演です。まぁ、忘れ物まで面倒みてくれる人なんていませんね。

 

「忘れものをした自分」に対しては「どうして忘れてしまうんだ!」と責めることになります。原因は意識の欠如なので、対策は意識に訴えかけるものとなります。

だけど忘れ物は無意識に発生するもの。それを意識で解決しようとするのは限界があります。

今回のネクタイも、前日の総務部署からのメールで「明日はネクタイだ」と自分に言い聞かせて退社したはずなのですが、会社を出たらニワトリのように頭から消え去っていました。

また、確認のためカレンダーにも書いていたはずがスルーしている体たらくです。

 

さて、「忘れ物をしてしまう私」をいったん他人だと仮定してみるとどうでしょう。原因は意識かもしれませんが、他人の意識を変えることは簡単にはできません。

第三者の立場からは、当人が失敗をしてしまうことを前提にして、「何かできることはないか」と意識とは別の角度から対策を考えることができます。

 

ミスに対して本質的な対策をしよう

昔トヨタ生産方式を学んだ際に

「モレやミスがないよう気をつけたりチェックしたりする時間は仕事ではない」「チェックがあることで、逆にそのチェックに甘えて間違えてもいいんだという意識が生まれる」という指導を受けたことがあります。

トヨタ生産方式の世界では、チェックは無駄な工程に位置付けられるようです。ましてや、私のチェックにならないザル確認なんて、気休めにもなりません。

大事なのは

  • チェックが必要ないような工程を作ること
  • 仮に間違えが起こっても、それが致命的にならないような仕組みにすること

とのことです。

 

今回「忘れないような仕組み」はなかなか作れないので、「忘れても大丈夫な仕組み」ということで、クールビズがはじまる前の日にデスクにネクタイをしまい退社。未来の自分への対策をしたわけです。

 

余談ですが、その指導を受けているときに「自動車の製造だって、最終検査で確認作業を実施しているのでは?それってチェックしてるんじゃないですか?」と口ごたえしてしまった私。

「最終検査は法令で要求されているから仕方なくやっているだけだ。法令がなければやっとらん!」と、怒られてしまいました。

 

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失敗に対して脳内でアドバイザーを作ろう

失敗をしたときには、失敗自体に目が言ってしまい、対策にはなかなか目が向かないんですよね。忘れ物のように「気をつける」ことが第一となる事象ならなおさらです。

でも、「気をつける」「意識する」で解決しないのがADHD傾向の人たち。ここのところ、周囲にはなかなか理解してもらえないんですよね。

そこで、自分を客観視して「がんばり屋さんだけど可愛い後輩が失敗した」とでも考えてみましょう。そうすると、前向きなアドバイスをする、フォローをしてあげるという視点に立つことができます。

視点が変われば物事も違って見えてきて、アプローチも変わります。「一生懸命だけどミスをしてしまうドジな後輩」へのフォローと考えると、ミスが起きるのを前提とした、精神論ではない建設的なアイデアが出てくるかもしれません。

 

私もいい年齢となり職場でもそれなりの立場ともなりました。ミスを犯す根本的な性格は変わっていないのですが、失敗に対し面と向かって叱ってくれる人も、温かくフォローしてくれる人もほとんどいなくなりました。

そのため、「失敗が発生しない工程」「失敗が起きても大丈夫な工程」は、自ら構築するほかありません。

「失敗してしまう自分」を一番受け入れて理解するのことができるのは、自分自身です。自分の成長のためにも「失敗に対して冷静かつ温かくアドバイスをしてくれる人を脳内で作ること」は、前向きに社会を生きるうえで、ライフハックになると思います。