連日メディアを賑わせている日産自動車の元会長カルロス・ゴーン氏の逮捕ニュース。
先日は「この動画を見ているとすれば、私はこの世にいないということでしょう」のドラマにありそうなイントロから始まるゴーン氏のビデオメッセージも公開されました。
この場合の「この世」は、生死ではなく「娑婆」を指していますが…。
日産自動車は今週臨時株主総会を開催し、総会決議でゴーン氏は取締役解任となりました。
本当に悪いのはゴーン氏だけなのか？
さて、「ワンマン経営者が会社の資金を財布がわりに贅沢三昧」のニュアンスの報道が多いですが、個人的には不可解な点があります。
それは日産側の「今回の件は逮捕されたゴーン、ケリーの両氏が密室で行い、特定少数をのぞき不正をほとんど知り得なかった」というスタンス。
日産自動車の経営を牛耳ってきた外国人経営者の不正を、長きの圧政に耐えた日産幹部が密かに動いて告発。一般大衆が好む勧善懲悪の「劇場型」ストーリーとして分かりやすい構図ですが、真実はそんなに単純なのでしょうか。
今回の問題を社内調査したガバナンス改善特別委員会の報告書も目を通しましたが、原因はゴーン氏の「経営者不正」と独裁経営が原因のガバナンス崩壊で、とにかくゴーン氏を諸悪の根源と評価しているようです。
社長が預金通帳や金庫の鍵を握っている家族経営の中小企業ならともかく、日産は東証一部上場企業。何十億円オーダーの資金を人知れず長年に渡って流出させることは難しいと思うんですよね。
現場の人間は知らなくて当たり前ですが、本社の人間には、タブーではあるけれど周知の事実ではなかったのではないかと思います。
ゴーン氏は CEO リザーブを活用して、いわゆる「CEO 案件」に関する、他部署が探知しづらい形での支出を実行してきた。この CEO リザーブは、機動的な支出に対応するための予備費としての性質を有するが、原則として CEO、CFO及び CEO オフィス長（並びに担当役員）がサインすれば支出が可能となるものである。
調査報告書には「『CEOリザーブ』として予備費が確保され使途が不明」という記述もありましたが、これもあくまで予算の話です。
実際の支出にあたっては、支払い手続きや帳簿記録をしなければなりません。
少なくとも、サインをした人や会計処理をした担当部署や経理部門、調査さえすれば監査部門や監査法人も知り得る立場にあるわけです。
社内の目をかいくぐるには、偽造書類など巧妙な虚偽記載がなされていたか、社内では知ってて看過・黙認していたかのいずれかですが、私は後者ではないかと思います。
外の目に触れずに長年不正を続けていくためには、定期的に入る税務調査の目をいかに逃れるかなど、内部の協力体制を前提としてしっかり仕組みが確立されていなければ難しいでしょう。
裏切ったと主張しているということは味方をしていた人がいた？
ゴーン氏のビデオメッセージには、conspiracy（陰謀）、backstabbed（裏切り）という日産側を非難する言葉が多用されています。裏切られたということは、信頼できる仲間(だと思っていた)がいたわけですね。一体誰に騙されたんでしょう。
昔、私の知っている会社でも、規模は到底およびませんが、似たような経営トップによる不正事案がありました。
その経営者は若い頃からキレ者として有名で、人脈も厚くトントン拍子に会社のトップに。
社長になってからも抜きん出た経営手腕を発揮して会社を引っ張っていましたが、抜きん出た実力、いつしか天狗になってしまいます。そしてゴーン氏のように、だんだん会社の金と自分のお金との区別がつかなくなってきました。
そして個人的な支出に会社の金の流用が恒常的となり、業を煮やした他の取締役たちが臨時取締役会を開き社長解任。そのときの彼の第一声も「裏切りだ！」だったそうです。
経営者不正において、本人はもちろん悪いですが、「社長、お子さんの費用も会社で出しておきますよ？」「故郷に錦を飾っときましょうか。」「経費処理ならなんとかします。ご心配無用です。」など、耳元で甘い言葉をささやく太鼓持ちの連中に染まってしまう場合も。
彼もそんな部下から神輿にかつぎあげられ気持ちよくなり、徐々に毒されていきました。会社から追われたときは、経営者としては優秀だっただけに「悪い部下をもったせいで、正しいことを判断する目が曇ってしまった」と同情する声もありました。
まぁ、その部下を選定するのも社長なので、それも含めて自業自得ですが…。
ゴーン氏及びケリー氏は、反論したり疑義を唱えたり指示に従わない役職員らを異動させたり、事実上退職に追い込んだりするなどしていた。トップラインマネジメントの人事決定権は事実上ゴーン氏のみが握っており、反対意見を言うと排除されると示唆された役職員もいる。そのため、一部の役職員はゴーン氏やケリー氏の指示に疑問を抱いたものの、拒否したり他の者に報告したりすることができなかった。
自分に気にくわない人間は、異動や降格などの人事権を行使して身辺から遠ざける。ワンマン社長によくあるやり方です。ゴーン氏も「CEO、これは公私混同ですよ。」と諫言を言う人は、とうの昔に身辺から遠ざけて閑職にやったのではないでしょうか。
ということは、今いる日産幹部はどんな人たちなんでしょう。上記の調査報告書の記載を見る限り、ゴーン氏をわっしょいかついできた人たちだからこそ、今残っているのではないかと思ってしまいます。
そもそも今回の逮捕劇の皮切りとなったのが、「有価証券報告書の虚偽記載」です。有価証券報告書は個人が作成しているわけではなし。虚偽記載の責任は、会社やその財務諸表の監査をする監査法人にあります。
会社法上、取締役会議事録に異議をとどめないものは、その決議に賛成したものと推定されます。仮に取締役会が形骸化していたとしても、そこでの議案に反対をしない取締役は賛成したも同然。短時間で形式的な会議なら、自らちゃんとした取締役会を招集するのが取締役の責任です。
会社としての責任はどこへいったのか。CEOの監視の義務を怠っていた他の取締役や監査役、あるいは内部統制システムのお墨付きをしている監査人(オリンパスや東芝など不正会計企業の監査でも有名な新日本監査法人ですが)には全く非はないのか。
いつの間にか今回の件はカルロス・ゴーン氏個人が原因となって、彼と側近だけ更迭すればすべてが解決するものだと、問題がすり替わっている気がしてなりません。
前述の私が知る会社では、役員の私的流用に対し、会社は訴訟を起こして損害賠償を請求しました。だって請求しないと今度は現経営陣が株主から訴えられますからね。
しかしながら、株主の注目度が下がりほとぼりが冷めた頃に賠償請求をとりさげて和解。結局のところ残った役員も加担したり見逃したりでスネに傷あり。厳しい追及をすると「全部バラスぞ」と、ブーメランが戻ってくるので和解となったともいわれました。
日産もきっとポーズだけで終わるかも。さらにゴーン氏の居住地は国外であるため、司法の力はまともに届きません。株主代表訴訟などを検討している方は、他の取締役を巻き込まずゴーン氏だけ訴えても、取りっぱぐれに終わると思います。
そもそも「私は不正に一切加担していない。むしろ不正行為を見つけたら常に反対してきた」という潔白な役員は果たしてどれだけいるのでしょうか。そんな役員がいたら、とうの昔に更迭されているのでは？
ゴーン氏のビデオメッセージでは「誰が日産の中で陰謀を働いたのか」の実名を話したところを、本人の了解のもといったんカットして公開しているそうです。この人物たちがスネ傷ありの共犯者で、ゴーン氏の今後の和解にあたっての交渉材料なのかもしれませんね。
悪代官がいなくなってめでたしめでたし？
さて、私は別にゴーン氏がスケープゴートと言いたいわけでも、陰謀に巻き込まれた被害者として擁護したいわけではありません。
真の被害者は、これまで正しいことを主張してきて降格されたり飛ばされたり、場合によって会社を追われることになった日産社員だと思っています。
今回の件は、代官の長年の悪事が露呈。ひとりつるし上げられた悪代官は「おのれ越後屋、裏切ったな！」という状況ではないでしょうか。このたび悪代官はお縄となりましたが、「そなたも悪よのぉ」「いやいやお代官様にはかないません」の越後屋に代表される代官の手先で動いてくる面々は、まだ表に現れていません。
日産幹部には、西川社長をはじめゴーンチルドレンともわれたゴーン派が多数います。「日産のリバイバルのためにはゴーン氏に協力してきたけれど、一連の不正に関しては一切知らなかった」とはたして全員が言い切れるのか。外野からは分かりませんが、きっと内部では明らかなんでしょうね。
私は「ゴーンとその罪を憎んで人を憎まず」ではなく、不正に関わった人は一掃し、これまで正しいことを貫き不遇な扱いを受けた気の毒な日産社員を救済することが必要なのではないか思います。
さて、ゲームの世界では、どれだけ欲張っても奪っても怒られません。次回のボードゲームは、貪欲に宝を探すか帰還するか。チキンレースが楽しい「インカの黄金(Incan Gold」の予定です。
